朝鮮飴その2。

8 7月

はじめてうちに朝鮮飴がやってきてくれました。
(Tさんありがとうございます!)


持った瞬間「重い!」和菓子って重いんですねえ。
時代劇とかで、お菓子のかわりに金子が入ってるのは
あながち創作でもないのかなー。

今、幸村が生きていた1567年~1615年の食べ物に夢中になってるので、
朝鮮飴も幸村が食べたかもしれないと信じています。

この朝鮮飴を保存食がわりにしていた加藤清正さんは
聚楽第時代(1590年ごろ)京都に住んでいたんですが、
家が伊達さんのご近所なのです。

http://homepage2.nifty.com/kenkakusyoubai/juraku/yasiki2.htm
ご近所情報は、この方のサイトを参考にしています。

東隣が伊達さんの家で、伊達さんの北隣は誰だかわからないので、
誰が住んでいたかわかるまで、転校生真田くんの席を
「じゃ、伊達の隣な!」と勝手に指定しています。

あと、朝鮮飴は加藤さんが朝鮮に戦争にいくときに
持って行ったから朝鮮飴なんですね…!
朝鮮にいくときに、当時の武将さんたちは
九州に一時的に集まったんですが
その九州に、伊達さんも幸村もいってるので
そうなると、加藤さん→伊達さん→幸村に
おすそわけルートができてそうなので
ああ、あの子、ぜったい食べてる…!


あけると石畳チョコレートみたいな斬新エクセル配置で驚く…。

朝鮮飴、ふたをあけるかあけないかという時点で
粉がふわふわああっとでてきます。
粉砂糖かと思ったら片栗粉なんだそうで、
「余ったら料理につかうといいです」と説明書にかいてありました。
加藤さんの性格ってこんなんだったらいい。

というより、当時片栗粉があったんだ…のほうにびっくりしました。
片栗粉って、冷やし中華にいれる鶏肉につけると
ゆでてつるっとするからおいしいよ、という用途しかしらない…。
昔、なにに使ってたんですかねえ…。刀の掃除…?


ほりかえすようにきりだしてみる。

「飴」ってかたい印象あるんですが
これ、お餅に近い…。


くにっとしてみる。

くにっとなります。
表面がややかたくて、ぷっす!とささるかんじ。
この感触は完全に飴=キャンディじゃない…!
これはお餅だとおもう。
なぜこれを「飴」っていうんだろ。
飴の定義が昔と今では違うのかな。

食べてみるとお餅ほど柔らかくはないのです。
柔らかさでいったらお館さま餅(信玄餅)のほうが柔らかいです。
味は和菓子のお餅の味としか私には表現のしようがない…。
あと、片栗粉はたくさん食べても
おいしくないので食べる前に思う存分はたいたほうがいい気がします。
でも、そうなるとなんでこんなにまぶしてあるんだろ…。
お互いがくっつかないようにか…!
なかがよすぎるな、ちょうせんあめず。

既に朝鮮飴でひとつお話考えてネームまできってしまったんですが
そうか、朝鮮飴ってこんなタイル状で作成されるものなんだときづき…。
しかもお餅みたいなもんだったとは…。
しかもこんな粉大臣だったとは…。
字面だけではお菓子ってわからないものなんですねえ。

考えてみればイラストや写真や動画で
食べ物の外観は保存できるけど
味って次世代に伝えられないものなんだなーときづきました。
だからってわけじゃないですが
幸村と政宗が同じもの食べて同じ味を共有してるってのは
同時代を生きてる実感だとおもうんですよねえ。

私がいまたべてるこの朝鮮飴が当時と同じ味だとしても
醤油も砂糖もめったに食べれなかった幸村が
「おいしい!」って受け止める感覚とは違うんだろうなあ。
幸村にピエールエルメとか食べさせて卒倒させてやりたい…。