ごじせきこー。

30 6月

幸村のことを調べていると
必ずいきつく本が「ごじせきこー」(真田家御事績稿)です。


真田一家がやりとげた事蹟を集めた本なので御事績稿。
「御」がついてるのはなんでなんだろ。真田家の家老が書いたから?

この御事績稿は、長野県だか信濃史料刊行会というところが
だした全X巻あるうちの、15〜18巻の4冊に
収録されています。

図書館で探すときは「信濃史料叢書」とかで探すとでてきます。
私が持ってるのは「新編信濃史料叢書」なんですが
「新編」じゃないのもあるのかもしれないです。

で、晴れてこれを古本屋で買い、幸村のことがわかる!と
いそいそと本を開いたら1p目がこれでした。


膝から落ちるこの日本語…!
というか現代日本語じゃない…!

買ったのが約1年半前なので
さすがに今はゆっくり落ち着いて読めばなんとかなるものだという
度胸と開き直りが身についているのですが
(え、1年で身についたのがそれだけ?)
初めてこの文章を目の当たりにしたときは、
あまりの歯が立たなささの衝撃で
半年ぐらいずっと本を閉じていました。
(ついでに1冊が約1万だったので読めない本を
買ってしまったという衝撃もあり…)

しばらくはあきらめて、
この本をコピーで読んだことがあるTさんに
「幸村がでてくるところ」&「おもしろいところだけ」
付箋をつけてくださいとお願いして
カフェで長時間レクチャーをしてもらったのですが
もともと読めない人間が付箋をつけてもらったところで
読めないものは読めないのでした。

でも、その後、真田関連の一般書だの
子ども用の本だのしばりょーの時代小説だのを
手当たり次第に読んだ結果、わかったことがふたつ。
やっぱりこのごじせきこーを読まないと始まらない。
で、乱読したおかげで、大変ざっくりではあるけども
登場人物とかよくでてくる地名や用語の固有名詞、
真田一家の流れがようやく頭にはいりました。

◆主な登場人物
幸村のおじいちゃん
幸村のおとうさん
幸村のおにいさん
幸村

登場するのって主にこの4人だけなのです。

で、ごじせきこーは4巻あるのですが
全ページを100%とすると

幸村のおじいちゃん   5%
幸村のおとうさん   40%
幸村のおにいさん   40%
幸村         10%
その他の真田関係者   5%

こんなかんじ…。

で、読もうときめたとき
まず「幸村」という単語と
幸村の別名「左衛門佐」とか「信繁」だけ線をひいていって
その単語周辺を読んでみました。

この写真も一見「読めない!」と
私も思ってたんですが、あきらめたらそこで終わり…なので
むりやり読むとなんかぼん…やりとした風景がみえてくるかんじがしませんか…。

ピックアップしたのは、私が「あー、このエピソードは
一般書ではさらっと流されてるとこだ〜」とおもったとこです。
幸村の顔(ここにはかかれてないけど多分おでこ)に傷があるという
情報がかかれています。

大坂の陣で幸村が死んで
額に傷がある幸村の首と思われるものがでてきたけど
誰も幸村の顔をちゃんとしらないから
幸村の親戚よんでこい!という話になって、
よばれたのが幸村のおじさん、信尹(のぶただ)さん。

でもこの信尹さんも幸村のことをよくしらないんでした。
一番最近幸村にあったときは、夜で
しかも幸村と信尹おじさんは座敷のなかで
とおおおおくに離れて座りあったので、
(なぜなら、信尹おじさんは幸村に
寝返ろうぜ話をしにいったので、幸村が用心したらしい)
おじさんには幸村の顔に傷があるかどうか
わかんなかった、という話。

なんとなくおっさんは「しらない」と言い逃れて
甥っ子の首実検の証言なんかしたくないという話にもとれるし
幸村とおっさんが座敷のはじとはじに座って
「徳川きませんか!いいですよ、徳川!」
「やです!」
とか大声でいいあうって、
あの、これ、一応密談のはずなのに、
やっぱ幸村ってあほのこだけど、おじさんもそっち系?って思うんですが
問題は、こういうエピソード集が
現代日本語訳されてなくて、昔の日本語のままで
その本すら古本屋でたっかい値段で売られている現状だと思うなあ。
こういう本こそはやく電子書籍化して単語検索可にしてほしい。

で、そのごじせきこーですが
今ようやく20%ぐらいまできました。
腹をくくって、幸村のおじいちゃんのとこからよんでるんですが
幸村のおじいちゃん→幸村のおじさん1ときて、
最近は幸村のおとうさん「真田昌幸(まさゆき)」というおっさんのとこにきています。

私は幸村のことも好きなんですが
調べ始めるうちに、このお父さんの神がかり的なかっこよさに完全にやられてしまい…!
いわゆる、右の手で握手して左の手でたたっきるみたいな人なんですが
(実際に「うちで碁しない?」と家に招いた人をばっさり殺してるんですよ…。
昌幸にいわせれば、昨日までの敵は今日は友でも夕方には敵!なんだと思います)
とにかく頭の回転がはやいわ、性格が一癖も二癖も女癖もわるいわ、
だけど武田信玄にローティーンのころからぱーりいにでろといわれたり
(大人の席にだしてもそつがない証拠)
大学生ぐらいのときにはおっさんらにまじって武田軍で隊長代理やってたり
(しかもこのとき幸村とかがいる子持ち)新入りの人事面接やってたり
あかん…!昌幸が私の原稿時間をねらいうちしてくる…!
という人なのです。かっこいいわあ…。

政宗もかっこいいけど、あのお兄さんは、
生まれながらの王子様のせいかベースが優しいかっこよさなんですよねえ。
昌幸みたいに、最初から大人の世界にほうりこまれて
出世してかなきゃ生きていけないみたいな生き方してきた人に比べると
政宗ってやっぱりお殿様だよなーと思います。
幸村に、政宗と昌幸どっちがかっこいいとおもう?ってきいたら
100パー「ちちうえっ!」って大音声でさけぶに決まってる。私もですよ…!

でも、私が真田担当で、ていっぱいで、
政宗を若干あとまわしにしてるせいで
政宗についての知識がとおりいっぺん程度なせいもある…。
政宗の痛い行動の数々(白装束で土下座するとか、
廊下ですれ違いざま、その家紋いい!ほしい!といいだして譲らないとか)は
とても好きなんだけど、かっこいいっていうより、
おもしろいのほうによってる気がします。
ごめん政宗、今しばらく私に調べる許可を…!

で、昌幸の章を読んでて
「昌幸の娘<おらくorおくら>が奥州陸奧家の家臣の嫁になった」
というのをみつけました。


※「おらく(お楽?)」が正しいと思われます、とごじせきこーにはあります。
「おくら」は誰かの写し間違えでは、ということでした。

この結婚、時期がわからないのです。
おらくが何歳かもわからない…のですが
掲載順序からして、年代的には1600~1611年と仮定してみる…。
そうなると、疑問がふたつ。
1)このときの「奥州陸奧家」って伊達政宗の伊達家以外に
可能性あるんでしょうか…。
2)もし政宗の家のことなら、伊達家に
家臣リスト&結婚リスト的なものはあるのかしら。

1)と2)が満たされるなら、私はしらべねば…!
伊達担当の知り合いがだれもいない…!
せめて、1)が本当かだけでもしりたいなー。

だって、これが本当なら、幸村の妹が(お母さん違うけど)
伊達家の家臣と結婚してるということになるんですが
血縁うんぬんより、1600~1611年って
昌幸って徳川に反抗した理由で和歌山県に
蟄居状態なので、たとえ家臣クラスに嫁にやるといえど
伊達家とつながりなんて持てないと思ってた…。

あ、でも、1600~1611年より前だと
仮定した場合だったら
真田家の娘さんと奥州陸奧家家臣さんで
結婚は可能なのか…。

奥州陸奧家って伊達家なのかそうじゃないのか。
こういうのって当時のよびかたリスト的な本はないんだろうか。
伊達家じゃないからがっかりなんですが
伊達家だったら家臣名しりたい…!

調べる方法がとんとわからないんですが
判明したらまた日記かきにきます。

そして、最後に、このごじせきこーには
たまにイラストもあるのですが
かいてる人がとてもガハクという話。

ツナ(綱徳さん)は、調べるのがものすごく好きで地取りも好きな家老で
なんか飲んだらとても気が合いそうなんですが
唯一「なぜバイトを雇わなかった…!」と問い詰めたいのが、図解…!

この部分をツナが描くと、↓


もの…っすごいアバウトなんですよね。
これに1p割いてる理由がわかんないな、ツナ…。

あれかなあ、仕事はがんばるけど、
デザインにコストをかけるのは意味がわからないっていう
某シアトル・レドモンドのあの会社の方針で編纂したんだろうか…。