では、ここで政宗さんのご自宅をみてみましょう。

19 8月

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江戸図屏風。このデータは、れきはく(http://www.rekihaku.ac.jp/education_research/gallery/webgallery/z_edozu/edozu_l.html)で公開されています。

製作年代は、まだ不明。ぎりぎり幸村のお兄さんが生きていたころという人もいれば、政宗が死んだ年をはさんで10年前後という説があります。
どっちにしろ、かなり江戸の初期を描いていると思っていただければ……。

さて、政宗の江戸屋敷を描く機会があり資料をみてたら、やっぱりこの人おかしいわ……と思ったので検証しました。
きらっきらすぎ…!
隣の人から反射でまぶしいって苦情こなかったのかしら。
日光東照宮が隣にあるようなもんですよね。
まあ、現代だったら政宗は竹雀のネオンサインをLED発注かけると思いますけども。

60万石の稼ぎはあることを門で表さずにはいられない性格なんだとは思うのですが、こういう派手さを黒と金で表現するところが安土桃山時代の人だな!と思われてたとは思います。今でいうとバブルの人というかんじで。
60万石を今で数えるなら、ざっと年収600億円と私は計算してます。幸村の兄上は9万石なので年収90億円。
(あってますか、私…。計算はまったくだめなのです)
げいったんの総資産5兆円ジャンルからきているので、年収額は驚かないんですが、大名は権力ポイントが違う…!
なにしろ生まれたときから、自分が死ぬと部下が当日に殉死するのは普通というトップ中のトップで、トイレ以外一人になることがまずなく、24時間人目に晒されてる人生を歩んでる人達なので(兄上のときも家臣が殉死してます)年収額はあまり関係ないなと思います。

一方、幸村くんは次男で、自分の年収(=お金があがる土地とその土地に住む人)などない人質人生&浪人人生なので、こういうきらきらしたものとは無縁です。
江戸にきたこともありません……。
というかそもそも、お金のかかったものに興味がでないようにジャスコで育てられたような子なので、もし江戸にきて政宗のきらきら門をみても、「わーまぶし−!」ぐらいで、ほとんど興味示してくれないと思います。

おねがいだから幸村、ちょっとでもほめてあげて……なんかいいとこさがししてあげて……!
政宗、これつくるのに多分ものすごくデザインから凝って、素材も厳選して、門に一歩はいったときの天井の色とか、空がみえる角度とか、本人以外どうでもいい細かいことにSJ並にこだわってるはずだから、きづいてあげて…!

かわらに金箔はるのは、おそらく「貼っていい人」と「貼れない身分の人」で分かれていたんだと思います。
たのまれてもやだ、という人もいたかもしれないですけど、多分貼らないと徳川さんから怒られたんじゃないかなあ。

さて、私はこれからこの門をかく…。がんばる……。
描くなら真田家みたいにリーズナブルなニトリで売ってそうな門でいいわー。