うっかり読んでしまう「高野山教報」。

11 2月

もともとつけたかったタイトル。
「ご先祖様を『お正月様』とよんでいた時代があった」

高野山がたまに発行している「高野山教報」というフリーペーパーがあります。
無類のローカル新聞好きなので、高野山にいくと観光案内パンフレットは無視して、必ずこれをもらってくるのですが、あいかわらず楽しい!

今回は、特に「高野山大学に自分の子供をいかせるか否か」とか檀徒向けの「お布施の目安はあったほうがいい?」などのアンケート特集で、じんねりよんでしまいました。
高野山の実情が丸裸になるアンケートで、高野山にひしめく約2600ある寺院の半分しか回答してないのですが、狭い業界でよく半分も集まったなあ…と思います。
それだけ高野山の現状に、危機感を感じてる寺院が半分もいるということなのかもしれないし、逆に半分の寺院は全寺院に対するアンケートという手法になじめなくて、高野山の行く末は神様の采配、風まかせが自然と思ってるのかなーとも思う。

さて、私は家の事情で(便利な言葉…)お寺類のことを全く知らずにきたうえに、信心深くもない層なので、ローカル新聞として「高野山教報」を楽しんでいます。なにしろ、仏教と密教の区別もついてないし、日本史をほぼ習っていないので、中途半端な日本人なんだな…と思っていただくのが多分一番はやいような気がする。

そして、大丈夫だとは思っているのですが、高野山の現状を真剣になんとかしたいと思っている人に、わしらのアンケートがちゃかされてるって思われちゃうと、いろんな意味で高野山の現状に興味をもてた!という意図でブログに書いている私としてはお手上げなのです…。
でも、新聞を書く方って大人な方な多いので、私がなにをいったとしても、「『高野山教報』にそういう方面からも興味を持って下さり、ありがとうございます」って、おっしゃるんだろうなーと思う。

大人の前口上終了。

で、アンケートの話。まず、業界内アンケートなので、知らない単語が多い。

「正住職」(住職にも正社員と非正社員がいるってことなのかなー)
「主寺院」
「兼務寺院」
「寺族」
「山上経験」
「専学」(高野山大学ではない、専門学校?)
「web僧侶派遣」
など。
お話書きとしては、こういう業界用語っぽいのをひととおり頭にいれるのが快感なのです。

アンケートなので、経営状況もかいてあるのです。
なにより「経営」って言葉に驚きました。お寺って自営業なのか…!考えてみれば、そりゃそうよね…!お坊さんだって病気になるし、娘が2.5次元にはまることもあろうし、生きていくにはお金かかるものなあ。

結果をみると、このご時世、1300寺院の4割が経営厳しいのはどこの業界も一緒です。特徴といえば、和歌山県の一地方にしては経営が維持できているところが3割っていうのは多いと思う。でも、和歌山県に対して高野山はどのくらい税金払ってるんだろう…企業じゃないので、あんまり払わなくてもいいという理由で経営が維持できてたりするのかなあ。高野山の「経営」のなかで「倒産」ってなにになるんだろう。すでに無住職寺はあるから、どこかと合併をくりかえして、もともとあるお寺は更地にしておくってこと…?

経営状況:2600ある寺院の1300が回答しているのですが、40%が経営困難。30%がぎりぎり。30%が概ね維持だそうです。
つまり、10人お坊さんがいたとしたら、5人が未回答、2人が経営困難、1.5人がぎりぎり、1.5人が概ね経営維持。

お寺の経営のことで、ふと、中世のお寺の経営のことを思い出しました。
古文書の授業で読む教材のなかに、「寺外(じがい)へ流出した文書」というのがけっこうでてきます。
これは、お寺の経営に困ったお寺内部の人が、○○時代から保管している価値のある証文やら有名公家の文書を外部に売って、その文書が流れ流れて大学や図書館や個人が買って、私たちの授業にカラーコピーされて教材となってでてくるものです。
今でいえば、社員しかさわれない書類や商品を転売して、お金を自分のポケットにいれる行為で「わるいこと」なんですが、流出したからこそ、火事を免れたり、誰かが大事に保管してくれてる文書もあったりして、長い目でみると、許しちゃおっかな?という結果になってるなあと思うことがよくあります。長い目、大事。

さて、こういうアンケートをすみずみまで読んで、私が思わず注目してしまったのは、「世間や檀家に心がけていること」の項目です。

つまり、こういう回答がでてくるということは、実例があるという裏返しなんですが。

もちろん、これをみて「これは一部の人がやってることで多くは真面目」とか「浄財を私的贅沢品に使っている」という考えがでてくるだろうなあと思うけど、私は、創る側でもあるせいか、「おもしろいもの、いいもの、おいしいものがでてくる過程にはそれなりの費用がかかる」と思うなあ。
例えば、グリーン車でお坊さんが通勤?したとして、そこでお坊さんが寝ていたら、贅沢してるなーと思うか、前日寝てなくて本番でちゃんとするために睡眠確保してるのかなーと思うか、ポイントがたまってアップグレードかなーと思うか、奥さんからのプレゼントかなーと思うか、うーん、なにが贅沢かって受け止める側の人生経験値とそのときの気分の波によるんだな(笑)
私は贅沢だとはおもわないけど、思う人もいるので、お坊さんがゴルフやったり高級外車でさっそうとドライブしたいというときには、マタニティペンダントのあれみたいなのつけたらいいのにね。「いまはただ一人の男子としてこの日を生きてます」とか書いてあったら、「あ、今日はお坊さんオフなんだ。リフレッシュしてね」って思うもの。

そしてとにかく気になる「きらびやかな衣装・高級バッグや装飾品を妻子に持たせない」の項目。
人から見られる職業を覚悟して選んだお坊さん自身はいいんだろうけど、「きらびやかな衣装・高級バッグや装飾品を妻子に持たせない」運命にあたってしまった妻はともかく「子」は、いろいろあるんだろうなあと思う。

私の友達で、お寺の娘がいてね。彼女が大学生になっても「マニキュアとかできない。近所の目があるから」といってたんですが、今ならその気持ちの背景がわかるなあ。
ただ、高級バッグに関しては、私がお坊さんで、自分の娘になった女性に「ケリーバッグほしい」といわれたら、家を出たうえで自分で働いて買うならOK、近所で持っても別にかまわないっていうしかないなー。女性がバッグに惹かれる気持ちは理解してる(笑)男性が時計や乗り物に惹かれるのと一緒だとおもう。それに、親と子は別の価値観を持ってる人同士だとも思うし。ただ、娘に対して「でもさー、お父さんはバッグなら、IKEAの青バッグのほうが、軽いし60円だしたくさん入ると思うけどなー」などと言って、ひんやり目でみかえされるのもわかってる(笑)

で、アンケートではなく、別のページにお正月様の正体のことがかいてありました。
本来はこれをブログにかきたかったのに、うっかりアンケートのほうがメインになってしまった。
ご先祖様のことを、お正月様とよんでいた時代があったってしらなかった。
お餅をかざるにしても、床の間にかざるもので、なんで玄関や台所じゃないのかもしらなかったよー!

そのことは、高野山教報のコラム(by添田隆昭さん・総本山金剛峯寺執行長・高野山真言宗宗務総長)に、大昔の大晦日のすごしかたがかいてありました。

「大晦日の夜、子孫を訪れる祖先の霊を迎えるために、母屋とは別棟を設け、山海の珍味を用意する。但し、これに関わることができるのは女性だけである。」
■「日本霊異記」(奈良〜平安初期)by景戒

「この風習は都では廃れてしまったが関東ではまだ行われている。」
■「徒然草(鎌倉時代後半)」by吉田兼好

添田さんがいうには、
「やがて、この別棟も造られなくなり、死者を迎える空間は、母屋の床の間に変化しました。お正月に餅と昆布と干し柿を飾るのは、かつて死者に供えた珍味の名残りです。」

…だそうです。
わざわざ大晦日の寒いときに、小屋たててそこにごちそう用意してたとは……。それってご先祖様専用カラオケボックスだよねえ。どうせなら母屋にきてくれてもいいのに。それだけ先祖同士で騒ぐってことなのかなあ。

このコラムには、まとめとして、現代では正月とお盆の2回イベントがあり、正月はめでたい神社イベントに、お盆は死者のお寺行事と考えられていますが、昔の人は「祖先は年に2度子孫を訪れる」という来世観を持っていました。ともかいてありました。

お正月というか大晦日が、祖先カムバック行事だったとは…。そしてお餅やら昆布やらが、実はウェルカムフルーツ的に、ご先祖様専用カラオケボックスにおいておくごちそうだったとは。
幸村のころのお正月も、もしかしたら「おじじさまがカラオケをしに帰ってくる!」感覚だったのかなあ。
おそるべし高野山教報。大好きです。
高野山にいく人いたら、ぜひ私のために一枚余計にもらってきてもらえたらうれしいです…!
月2回も発行されてるって、今ぐぐって知りました……まじか。