仲秋の名月とは。

プラネタリウムは寝る場所。

やっと外にでれる気温になったので、外に出ることに。私はそういう虫なんでしょうか。

年パス(せんえん)持っている近所のプラネタリウムへいきました。折しも年に一度の、仲秋の名月デイ。
星に興味があるわけではない証拠に、「仲秋の名月」の読みを、「ちゅうしゅう」だと今日知ったレベル。
月餅屋が始めた祝日ではないにしろ、中国の月の女神とかの記念日あたりだろうと思っていたら、本当に月を見る日だと知って、「??」になる。
日食・月食ならともかく、日本人が年に一度、月をいっせいに見るって、なんのメリットが?

そのプラネタリウムの解説によれば。
明治5年まで、今のようなカレンダーはなく、昔の人は、夜、月のかたちで、三日月なら3日、満月なら15日、三日月とデザインが逆になったら26日というふうに数えていた…というのは、なんとなくしっていたからOK。

昔は、1、2、3月は春、4、5,6月は夏、7,8、9月は秋だったので、秋の真ん中だから、「仲秋」というのは、初めてしった。(旧暦だから昔の8月が今の9月にあたるのは戦国屋なのでわかる)

でも、この説明は、言葉の知識がアップデートされただけで、なぜ「その日に月をみるのか」はよくわからない。ちょうどこの日は、空気が澄んで月がきれいに見える…らしいけど、「日食・月食」レベルのインスタイベントにならないのに、仲秋は、なぜ祝日顔をしているのか。

そこで、ようやく、現代の私達は「月食的なインスタイベントがある」以外の理由で、夜空をみることがないことにきづきました。昔の人は、毎日携帯をみるレベルで、月をみてたってことでは。月をみない日なんてありえなかったんだろう。

というのも、私は脳内の日付記憶領域がぶっ壊れているので、携帯の日付を頼りにいきているからです。外にでることもなければTVも見ないので、携帯がなかったころはMacの右上、Macがなかったころは新聞。日付というものは、自分から毎日なにかを見なければすぐにわからなくなるということを、身にしみてわかってます。

昔は、この毎日みるものにあたるものが「月のかたち」なんだと、ようやく合点がいきました。

しかも、電気がない時代は唯一の光源で、お金持ちも庶民もみんな把握できる情報、それが月。そりゃみんな毎日見るわ……。

毎日見てれば、かたちの小さな変化にもきづくし、空に浮かぶ時間帯も違うものね。年に一度、きれい明るいまんまるいという三点セットの日があれば、その日は電気が無料で朝まで使えるようなもんだから、ワールドカップ観戦と一緒で、朝まで月観戦、だんごも作るよねえと思いました。

プラネタリウムの解説屋さんが、さらに「1月、2月というように<月>が、ひとつきの区切り、<日>が一日の区切りの名称になっていることからも…」という言葉に「なるほど…!それで月と日!」とうなずきながら、いつもどおり寝てしまいました。プラネタリウムは、寝ながらきいていても、私の好奇心を満たしてくれるので、最高です。

その後、プラネタリウムを出たところで、おまけの「コウモリとは」なる20分ミュージアムトークをやっていたので、うっかりきいてしまいました。

コウモリって害獣じゃなくて、宝系(つかまえちゃいけない貴重系)なんですね…。しらなかった。

質問どんとこいとおっしゃるので、バットディテクターとはなにか、コウモリごとに鳴く音波の帯域が違うなら、複数のコウモリの声をききわけるには、複数のバットディテクターがいるのかなど、また妙な方面への知識が増えました。キクガシラコウモリの鳴き声は一番特徴があったなあ。アニメのレーザー銃みたいな、ぴよんぴよんぴよんという音でした。